熊本の地震から約1ヶ月。被災された皆さま、お見舞い申し上げます。
今回は猛暑の中の震災が特徴でしたが、猛暑・ゲリラ豪雨・台風…今夏も、天気にまつわるニュースが途切れることはありませんでした。
実際、この夏弊社が担当していた案件を振り返っても、それを痛感させられました。調理家電、toB向けガジェット、環境浄化デバイスと、業種もターゲットもバラバラな3案件で、直接的な「猛暑対策」商材はガジェットだけでしたが、調理家電は「暑い時期に火を使わずに調理できる」という切り口が最も食いつきが良く、環境浄化デバイスも「高湿度によるカビ・ニオイの抑制」という文脈で最も多く取り上げられました。毎日のように2週間予報とにらめっこしながら、メディアと「いつ出すか」を詰めていくうちに、あらためて「日本のメディアは、そして日本人は、本当に天気ネタが好きなんだな」と思わされました。
ただ、これは「盛夏」だけではなく、一年中のことのように思います。
なぜ天気は”記念日”に勝るのか
記念日訴求は、PRパーソンにとって使い勝手の良いフックです。
しかし多くの場合、天気ネタの前ではその優先順位はあっさり入れ替わります。理由は単純で、記念日が「誰かが決めた物語」であるのに対し、天気は「今まさに日本人(=視聴者)が体感している事実」だからです。ニュースとしての鮮度、共感性、そして視聴者・読者の実生活への直結度において、天気に敵う話題は多くありません。
細長い日本に於いて、東京の天候が中心になりがちですが、台風が来れば進路によっては各地に影響があり、雨の前線は自分が住む地域にも動いてくる可能性があるので、地方のトピックも話題になります。
歴史にも根差した日本固有の文化「天気」
日本人は、なぜこんなに天候の話題が好きなのでしょうか。
①四季と歳時記文化
まず最初に、四季を大事にする文化性、というのは挙げられると思います。
俳句の季語、旬の食材、衣替え、二十四節気・七十二候など、日本人の生活リズムは古くから季節や天候と密接に結びついてきました。天気の変化を細やかに言語化し愛でる文化的土壌が、そもそも存在するのです。
②農耕社会の記憶
ご存知の通り、日本人は狩猟民族でなく農耕民族。稲作を中心とした農耕社会では、天候はそのまま収穫量や生死に関わる情報でした。この「天気=生活を左右する実用情報」という感覚は、都市生活が中心になった現代にも無意識のうちに受け継がれているとも言えます。
③災害列島としてのリスク感度
日本は一年中、自然災害が頻発する国土であり、天気予報は「知っておかないと命に関わる」情報として機能してきました。特に最近は温暖化により熱中症の死亡リスクが高まったり、大規模な災害被害が生じることもあり、メディアに報じる責任を期待している面もあります。
こういった防災意識の高さが、天気ネタへの反射的な関心の高さに直結しています。
④挨拶としての天気
手紙の時候の挨拶や、「今日は暑いですね」という日常のあいさつに象徴されるように、天気は日本人にとって最も安全で共感を得やすいコミュニケーションの共通言語でもあります。誰も傷つけず、誰とでも共有できる話題として機能してきた歴史が長いのです。
メディア側の事情も後押し
文化的背景に加え、メディア側の実務的な事情も見逃せません。
天気は全国民共通の関心事であり、視聴率を取りやすいものです。
映像的にも画になりやすく(揺らぐ陽炎、真っ黒な雨雲、汗だくの街頭インタビューなど)、毎日ネタを更新しなければならない情報番組・ワイドショーにとって、天気は”尽きない鉱脈”を担っていると言えます。
マーケティング的にも、それらの解消アイテムや食品に影響されることも多く、取り上げる話題は幅広くあります。
PRパーソンは気温や天候の変化をまず気にかけましょう
商品・サービスの機能訴求だけで攻めるのではなく、「今の天気・季節にどう関係するか」という角度を必ず用意しておくこと。たとえ本来の商品コンセプトが天気と無関係でも、切り口として天気を借りることで、企画会議の通過率もメディアへの刺さり方も大きく変わります。
そのためには、2週間予報や気象庁の3か月予報、季節の変わり目などを日常的にウォッチし、「いつ、どのタイミングで、どの角度から」情報を出すかを設計する感覚が欠かせません。
天気ネタは、単なる小ネタではなく、日本のメディアリレーションにおける最も汎用性の高い”共通言語”です。この感覚を持てるかどうかが、メディアに刺さる企画を検討できるかの分かれ目になります。




